放火未遂罪で逮捕されたら
Aさんは、京都市右京区にあるとある販売店に勤務しています。
長い間待遇に不満を持っていたAさんは、ついにその不満を爆発させ、仕事場である店を燃やしてしまおうと思い立ちました。
そこでAさんは、深夜に無人となった店に向かうと、店の床に持参したガソリン7リットルを撒きました。
そこへちょうど付近を巡回していた警備員がAさんの行為を目撃し、Aさんを取り押さえて現行犯逮捕しました。
そしてAさんは、通報を受けて駆け付けた京都府右京警察署の警察官に引き渡され、非現住建造物等放火未遂罪の容疑で取調べを受けることになりました。
Aさんと離れて暮らしていたAさんの両親でしたが、報道をみて息子の逮捕を知り、すぐに刑事事件に対応してくれる弁護士に問い合わせを行いました。
(※この事例はフィクションです。)
・Aさんは放火未遂罪になる?
放火未遂罪は、簡単に言えば、放火しようとしたが放火を遂げることのなかった場合に成立する犯罪です。
放火未遂罪に限らず、何かの犯罪の未遂罪が成立するためには、しようとしていた犯罪を完全にやり遂げるということはなかったものの、犯罪行為を実行には移していたという事実が必要です。
これを「実行(行為)の着手」と呼んだりします。
つまり、放火未遂罪の成立には、「放火罪を実行し始めていたけど(放火罪の実行の着手はあったけど)放火は達成できなかった」という状況であることが必要なのです。
放火罪の「放火」とは、故意によって不正に火力を使用して物件を焼損することであるとされています。
そして、放火罪の実行の着手は、その目的物の「焼損」が発生する現実的な危険性がある行為を始めた時に認められる、とされています。
放火罪にいう「焼損」とは、争いはあるものの、一般に火が媒介物を離れて目的の物に移り、独立して燃焼作用を継続しうる状態に達した時点のことをいうとしています。
つまり、火が放火目的のものに移って単独で燃え続けられるような状態が発生する危険を生じさせた段階で、放火罪の実行の着手が認められ、放火未遂罪が成立するということになります。
今回のAさんについて考えてみましょう。
Aさんは、店の床にガソリン7リットルを撒いた状態で現行犯逮捕されています。
火をつけているわけではありませんから、一見放火罪の実行の着手がなく、放火未遂罪が成立する余地はないようにも思えます。
しかし、今回のような大量のガソリンを床に撒いた時点で放火罪の実行の着手を認めた事例もあります。
それが、昭和58年7月20日の横浜地裁判決の事例です。
この事例では、ガソリン6.7リットルを家の床にまんべんなくまいたという行為について、放火罪の実行の着手を認めています。
判決では、ガソリンが揮発性・引火性の高いものであること、ガソリンの量が多いこと等から、放火のためにガソリンを撒く行為は発火する蓋然性も高く家屋を焼損させる切迫した危険を生じさせる行為であると判断し、放火罪の実行の着手があったものとしています。
今回の事例でも、Aさんが撒いたのは揮発性・引火性の高いガソリンであり、量も7リットルと多量です。
ですから、過去の裁判例のように放火罪の実行の着手があると認められ、放火未遂罪に問われる可能性もあるのです。
・放火未遂罪とならなくても犯罪?
では、今回のAさんの行為に放火罪の実行の着手がないと考えられるような場合でも、Aさんには放火罪の類は成立しないのでしょうか。
実は、放火罪には放火未遂罪以外にも規定されている犯罪があります。
それが放火予備罪です。
刑法113条(放火予備罪)
第108条(※現住建造物等放火罪)又は第109条第1項(※他人所有に係る非現住建造物等放火罪)の罪を犯す目的で、その予備をした者は、2年以下の懲役に処する。
ただし、情状により、その刑を免除することができる。
つまり、放火罪を犯そうと準備した者については放火予備罪が成立するのです。
今回のAさんの行為は放火目的でガソリンを撒くという方かの準備に他なりません。
ですから、放火罪の実行の着手が認められずに放火未遂罪は成立しないとしても放火予備罪が成立し、放火予備罪の限度で処罰される可能性があるのです。
放火行為をすれば放火罪になる、と簡単に考えがちかもしれませんが、このように刑事事件は何の犯罪がどのように成立するのか非常に複雑です。
このほかにも、放火罪は放火した(放火しようとした)対象がどういったものであるのかによっても成立する犯罪名が異なったりします。
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